炎症性腸疾患(IBD)
別称: IBD, Lymphocytic-plasmacytic enteritis, LPE, Lymphocytic-plasmacytic colitis, LPC, Chronic colitis
ポイント
炎症性腸疾患(IBD)は、犬や猫に多く見られる慢性の消化器疾患です。腸粘膜の持続的な炎症を特徴とし、慢性的な下痢、嘔吐、体重減少などの症状を引き起こします。食事療法や薬物療法による長期的な管理が必要です。

要約: 炎症性腸疾患(IBD)は、犬や猫の消化管における慢性かつ免疫介在性の炎症性疾患であり、個々の症例に合わせた食事療法、標的を絞った薬物療法、および獣医師による綿密な管理のもとでの長期的な治療が必要です。

IBDは、胃、小腸、大腸(結腸)を含む消化管のあらゆる部位に影響を及ぼす可能性があります。
どのような病気か
炎症性腸疾患(IBD)は単一の疾患ではなく、消化管粘膜の持続的な炎症を特徴とする、慢性かつ特発性(原因不明)の消化器疾患の総称です。健康な犬や猫では、腸の粘膜バリアが高度に組織化されており、有害な細菌や毒素の侵入を防ぎつつ、栄養素を吸収する役割を果たしています。しかし、IBDに罹患した動物ではこのバリア機能が破綻します。免疫システムが過剰に反応し、腸壁の繊細な組織層に炎症性の白血球が大量に浸潤します。
この細胞浸潤により、消化管の粘膜は肥厚し、赤く充血して炎症を起こします。著名な獣医救急医療の文献には以下のように記載されています。
「炎症細胞の浸潤は、腸の吸収面の肥厚と吸収能の低下を引き起こす。犬と猫では異なるタイプのIBDが見られ、その分類は主に浸潤している炎症細胞の種類に基づいている。リンパ球・形質細胞性(LPE)が最も一般的なIBDの形態であるが、好酸球性や肉芽腫性の形態も報告されている。長期にわたる、あるいは広範な……」 — Small Animal Critical Care Medicine, p.711
腸壁が肥厚すると、食物から栄養を適切に消化・吸収する能力が失われます。これにより、慢性的な下痢、嘔吐、そして進行性の体重減少という典型的な臨床症状が現れます。IBDは慢性疾患であるため、完治させることはできませんが、適切な管理を行うことで、ペットの生活の質(QOL)を良好に維持することが十分に可能です。
原因とリスク要因
IBDの正確な原因は依然として解明されていませんが、複数の要因が絡み合って発症する多因子性の疾患と考えられています。ペットの免疫システム、遺伝的素因、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)、そして食事中のタンパク質に対する異常な相互作用が原因であるというのが一般的な見解です。
いくつかの要因が、この異常な免疫反応を引き起こす、あるいは悪化させることがあります:
- 食事性抗原: 通常のペットフードに含まれるタンパク質が、過剰に活性化した免疫システムによって異物とみなされ、局所的な炎症を引き起こすことがあります。
- 微生物の不均衡(ディスバイオシス): 腸内細菌叢のバランスが崩れると、粘膜バリアが破壊され、細菌やその毒素が腸壁の深部に侵入しやすくなります。
- 遺伝的素因: 特定の犬種や猫種でIBDの診断率が高いことから、免疫システムと腸内環境の相互作用に影響を与える遺伝的要因の存在が強く示唆されています。
猫においては、好酸球性腸炎と呼ばれる特異的かつ重度の炎症が発生することがあります。主要な獣医内科学の教科書には以下のように説明されています。
「一部の猫では、高好酸球増多症候群(HES)の一環として好酸球性腸炎が認められる。猫のHESの原因は不明であるが、免疫介在性または腫瘍性の機序が関与している可能性がある。HESを伴わない軽症の猫は、犬の……に類似した病態を示すようである」 — Internal Medicine, p.506
注意すべき症状
IBDの症状は、時間の経過とともに良くなったり悪くなったり(一進一退を)繰り返す傾向があります。最初は軽度で散発的な消化器症状から始まり、徐々に頻度と重症度が増していきます。IBDは胃、小腸、大腸、あるいはそのすべてに影響を及ぼす可能性があるため、どの部位の炎症が最も重度であるかによって症状は大きく異なります。
一般的な症状
- 体重減少: 小腸型IBDの代表的なサインです。食欲が正常または亢進しているにもかかわらず、栄養を適切に吸収できないため、筋肉や脂肪が徐々に減少していきます。
- 軟便または慢性の小腸性下痢: 便の量は多く、水様便または泥状便で、排便頻度は正常か、わずかに増加する程度です。
その他の症状
- 嘔吐: 胃や小腸の上部に炎症がある場合によく見られます。猫における慢性的な嘔吐は、単なる「毛球症」と誤解されがちですが、実際にはIBDの初期症状である可能性があります。
- 鮮血便(血便): 大腸(結腸)に炎症が起きている場合(結腸炎)に見られます。
- 低アルブミン血症および低タンパク血症: 血液中のタンパク質(特にアルブミン)が低下する状態です。腸粘膜が深刻なダメージを受けると、生命維持に必要なタンパク質が血管から腸管内へ漏れ出し、便とともに失われます。これは「蛋白漏出性胃腸症(PLE)」として知られています。
- 低コレステロール血症: 食事中の脂肪の吸収不全が重度になると、血中コレステロール値が低下することがあります。

慢性的体重減少と食欲不振は、進行した小腸型IBDの代表的な症状です。
獣医師による診断方法
IBDの診断は、除外診断を段階的に進めるプロセスです。寄生虫感染、膵臓疾患、肝不全、腎臓病、食物アレルギーなど、慢性的な嘔吐、下痢、体重減少を引き起こす他の多くの疾患をまず除外する必要があります。
獣医師は通常、一般的な血液検査、尿検査、糞便検査から開始します。また、小腸疾患のペットで低下しやすいビタミン類(葉酸やコバラミン)の数値を測定するための特殊な血液検査を推奨することもあります。
これらの初期検査で原因が特定できない場合、次のステップとして通常は除去食試験(食事トライアル)が行われます。これにより、真の特発性IBDではなく「食事反応性腸症」であるかどうかを判断します。食事の変更に反応しない場合は、腹部超音波検査などの高度な画像診断を行い、腸壁の厚みや構造を評価します。
IBDの確定診断におけるゴールドスタンダード(確実な基準)は、胃や腸の組織生検を行うことです。これは、内視鏡検査(消化管に細いカメラを挿入する)または外科的開腹手術によって行われます。採取された生検組織は、獣医病理学者によって評価されます(組織病理学的検査)。正確な診断を下すためには、複数の部位から高品質な生検組織を採取することが極めて重要です。主要な内科学の教科書が警告するように、以下のようなリスクがあります。
「生検組織の質が不十分である場合(サイズ不足やアーチファクトの存在など)、特にリンパ腫が二次的な組織反応を引き起こしているケースでは、リンパ腫をリンパ球・形質細胞性腸炎(LPE)と誤診しやすくなる。十二指腸だけでなく、十二指腸と回腸など、複数の部位から生検を行うことが、炎症性変化や腫瘍性変化を検出する上で極めて重要となる場合がある」 — Internal Medicine, p.507
治療の選択肢
IBDの診断が確定すると、獣医師は多角的な治療計画を立てます。ペットの免疫システムや腸内細菌叢は個体ごとに異なるため、最も効果的な組み合わせを見つけるために試行錯誤が必要になることがよくあります。
第一選択薬・初期治療
- 食事療法(食事の変更): 軽度から中等度のIBDの多くは、食事管理のみでコントロール可能です。獣医師は、加水分解タンパク質フード(免疫システムが反応しないようにタンパク質分子を細かく分解したもの)や、新規タンパク質フード(鹿肉、カンガルー、ワニなど、ペットがこれまでに食べたことのないタンパク質源を使用したもの)を推奨します。犬では脂肪の消化が困難であるため、一般的に高脂肪食は避けますが、猫においては効果を得るために必ずしも低脂肪の除去食である必要はありません。文献には以下のように記載されています。
「一方を試して効果がなければ、もう一方を試すのが最善である。このような患者では一般に高脂肪食は避けられる(脂肪は消化が難しいため)が、猫において除去食が効果を発揮するために低脂肪である必要があるという証拠はない。適切な食事に反応する犬や猫の多くは3週間以内に改善を示すが、それ以上かかる個体もいる」 — Internal Medicine, p.506
- グルココルチコイド(副腎皮質ステロイド): 腸管内の過剰な免疫反応を抑制するための強力な抗炎症薬です。プレドニゾロン(Prednisolone)が最も一般的に使用されます。もう一つのグルココルチコイドであるブデソニド(Budesonide)は、腸壁で局所的に作用し、肝臓で迅速に代謝されるため、ステロイド特有の全身性副作用(多飲多尿など)を最小限に抑えられる非常に効果的な薬剤です。
- 抗菌薬および抗原虫薬: メトロニダゾール(Metronidazole)は、腸内の有害な嫌気性細菌を標的とすると同時に、腸粘膜に対して軽度の抗炎症作用を示すため、頻繁に処方されます。エンロフロキサシン(Enrofloxacin)などのフルオロキノロン系抗菌薬は、特定の症例、特に重度の細菌関連性結腸炎を起こしやすい犬種で使用されることがあります。
第二選択薬・追加治療
第一選択の治療に反応しない場合、あるいは生命を脅かすほどの重篤なタンパク喪失を伴う重症例では、より強力な免疫抑制薬や局所性抗炎症薬が導入されます。
- 免疫抑制薬: アザチオプリン(Azathioprine、主に犬で使用)、クロラムブシル(Chlorambucil、猫で好まれることが多い)、またはシクロスポリン(Cyclosporine)などの薬剤が治療計画に追加されます。これらの薬剤は異なる経路で免疫システムを鎮静化させ、最終的にはステロイドの投与量を減らすことを可能にします。
- 局所性抗炎症薬: 主に結腸炎(大腸型IBD)に苦しむペットに対しては、オルサラジンナトリウム(Olsalazine Sodium)、オルサラジン(Olsalazine)、またはスルファサラジン(Sulfasalazine)などの薬剤が処方されることがあります。これらの薬剤は、大腸に直接届いて標的を絞った抗炎症作用を発揮します。
- 局所的な灌腸療法(注腸): 直腸に近い遠位結腸の重度な炎症(遠位結腸炎)の稀なケースでは、局所的な治療が必要になることがあります。教科書には以下のように記載されています。
「重度の遠位結腸炎を呈する動物において、コルチコステロイドまたは5-アミノサリチル酸の保留灌腸(注腸)が適応となることは稀である。投与量はヒトの用量から換算される。これらの灌腸は、全身性の影響を最小限に抑えつつ、患部に直接高濃度の抗炎症薬を届けることができる。臨床症状のコントロールには有効であるものの、その投与は飼い主にとっても動物にとっても不快なものである」 — Internal Medicine, p.456

内視鏡生検により、獣医師は炎症を起こした腸粘膜を視覚的に確認し、確定診断のための組織サンプルを採取することができます。
予後
IBDを患うペットの予後は非常に多様であり、炎症の重症度、消化管のどの部位が影響を受けているか、そしてどれだけ早期に診断されたかによって異なります。
大腸型IBD(結腸炎)のペットは、一般的に小腸型IBDのペットよりも予後が良好で予測しやすい傾向にあります。軽度から中等度のIBDの犬や猫の多くは、食事の変更や初期のステロイド治療に非常によく反応し、フレアアップ(再燃)を最小限に抑えながら、通常の活動的な寿命を全うすることができます。
逆に、重度の小腸型IBDを患うペットや、深刻な低アルブミン血症を伴う蛋白漏出性胃腸症(PLE)を発症しているペットの予後は慎重(要警戒)です。これらの症例では、積極的かつ生涯にわたる内科的管理と頻繁な獣医療モニタリングが必要であり、合併症のリスクも高くなります。
予防法
炎症性腸疾患は単一の既知の原因を持たない特発性の疾患であるため、現時点で予防法はありません。また、飼い主が利用できる遺伝子スクリーニング検査なども存在しません。
愛犬や愛猫を守る最善の方法は、一貫した高品質の食事を与え、急激な食事の変更を避け、慢性または再発性の消化器症状に気づいた場合は速やかに獣医師の診察を受けることです。早期に介入することで、後年の管理を著しく困難にする腸壁の慢性的かつ不可逆的な肥厚を防ぐことができます。
獣医師に連絡すべきタイミング
ペットに数日以上続く軟便、下痢、嘔吐が見られる場合、あるいは食欲は正常であるにもかかわらず、原因不明の体重減少が徐々に進行している場合は、獣医師の診察を予約してください。
以下の危険なサイン(レッドフラッグ)が認められる場合は、直ちに緊急の獣医療措置を受けてください:
- 極度の無気力または虚脱
- 四肢や顔面の腫れ、または腹部の膨満(腹水の貯留:重度のタンパク喪失の兆候)
- 水を飲むこともできないほどの、持続的で制御不能な嘔吐
- 黒くタール状の便(メレナ:上部消化管からの出血を示す)
特定の犬種における特徴
いくつかの犬種ではIBDへの遺伝的素因が疑われており、その中にはその犬種特有の病態を示すものもあります:
- ボクサーおよびフレンチ・ブルドッグ: これらの犬種は、組織球性潰瘍性結腸炎(または肉芽腫性結腸炎)と呼ばれる、侵襲性で重度の大腸炎に特異的に罹患しやすい傾向があります。この形態のIBDは、腸壁から特定の*大腸菌(E. coli)*を排除できないことに関連しており、通常の免疫抑制薬ではなく、エンロフロキサシン(Enrofloxacin)による標的を絞った抗菌薬療法が必要となることがよくあります。
- ソフトコーテッド・ウィートン・テリア: この犬種は、蛋白漏出性胃腸症(PLE)と蛋白漏出性腎症(PLN)を併発しやすい強い遺伝的素因を持っています。炎症を起こした腸と腎臓の両方から重要なタンパク質が失われるため、早期からの積極的かつ生涯にわたる多剤併用療法が必要です。
- バセンジー: バセンジーは、重度の下痢、体重減少、進行性の衰弱を特徴とする、この犬種特有の免疫増殖性腸症を発症することがあり、集中的な免疫抑制管理を必要とします。
- ジャーマン・シェパード・ドッグ: この犬種は、慢性の腸症や免疫学的な腸内環境の不均衡と診断されることが頻繁にあります。症状をコントロールするために、厳密な除去食試験、抗菌薬、および長期的な免疫抑制療法の綿密な組み合わせが必要となることがよくあります。
参考文献
- Small Animal Critical Care Medicine, Page 711
- Internal Medicine, Pages 456, 506, 507
ハイライトとメモ
症状・兆候
リスクが高い品種
診断方法
- Elimination trials
- Endoscopy or Colonoscopy
- Histopathology of intestinal mucosa
治療アプローチ
治療はペットの状態に応じて獣医師が処方する必要があります。特定の薬物用量は意図的にここに記載していません。
よくある質問
炎症性腸疾患(IBD)とは
炎症性腸疾患(IBD)は、犬や猫に多く見られる慢性の消化器疾患です。腸粘膜の持続的な炎症を特徴とし、慢性的な下痢、嘔吐、体重減少などの症状を引き起こします。食事療法や薬物療法による長期的な管理が必要です。
炎症性腸疾患(IBD)の症状は
体重減少(痩せてくる)、慢性小腸性下痢 / ずっと下痢が続いている / 長期の下痢 / うんちがずっとゆるい / 慢性的な軟便、軟便 / うんちが柔らかい / ゆるい便 / うんちがゆるい、血液中のアルブミンが低い、嘔吐(吐く)、便に混じる鮮やかな血、低コレステロール血症 / コレステロールが低い / コレステロール値が低い / 血中コレステロール低下、汎低蛋白血症 / 低タンパク / タンパク質不足 / 血液中のタンパク質が低い
炎症性腸疾患(IBD)はどのように診断されますか
Elimination trials、Endoscopy or Colonoscopy、Histopathology of intestinal mucosa
炎症性腸疾患(IBD)はどのように治療されますか
治療はペットの状態に応じて獣医師が処方する必要があります。特定の薬物用量は意図的にここに記載していません。
出典
- Small Animal Critical Care Medicine, 2nd Edition (VetBooks.ir) · ページ 711
- Internal Medicine 5th · ページ 506
- Internal Medicine 5th · ページ 456
- Internal Medicine 5th · ページ 506
- Internal Medicine 5th · ページ 507
この記事は一般的な健康教育を目的としており、専門的な獣医学的アドバイスの代わりにはなりません。ペットが調子悪い場合は、獣医師にご相談ください。